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 HOME > Diay&Column > Dialy  > PAOPAO通信/今日は一日 2002.09

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 2002.0930(月) 雨の日と月曜日

6:30に一度目がさめる。
それから夢か現(うつつ)かをさまよう。
そこで夢を見た。

インドネシアのタバコを専門店で購入するが、税金がかかるという。
2箱600円の他に、税金が1,200円。おいおい、なんてぇことだい?
国産タバコもそうだという。タバコの購入を諦めた。

バスケの練習に出かける。
少し時間があったので、どこかのレストランにいる。
気づいたら遅刻だ。他の仲間もレストランに入ってきた。
責任者スギモトさんも何故かそこにいる。
早く練習に出てこいとみんなで怒られる。

何が何だか分からない。
目が覚めた。
顔を洗ってから出勤する。

今日も雨が降っている。昨日の晴天が有難い。
誰かの唄に
♪Rainy daies and Mondaies always get me down.♪
とあるが、確かに雨の日は気が重い。月曜も、なにげに気が重い。
しかし、晴れてばかりも困るが、月曜日が無くなってしまっても困る。

午前中、昨日の日記を打ち込む。
128MBのメモリースティックがいっぱいになるほど写真を撮った。
その中から数枚をリサイズして、アップする。

午後は、銀行に行く。
月末ということで、かなりの混雑ぶりだ。
普段は数人待ちだが、この日は15人もの人が先に待っていた。
「釣りきち日記18」を半分ほど見終わったところで、順番が来る。
息子の参観日のため、カミさんが学校に出かける。
約2時間の店番をする。今度は、僕が授業風景を見てみたい気がする。

今日で9月が終わる。
1ヶ月が過ぎることの、なんと早いことか。
10月も、矢のように過ぎていくだろう。
そして、人生も・・・。
悔いのない1ヶ月、1年、10年、、、人生、を過ごしていこうと思う。

夜、カミさんの弟新夫妻が実家に来るというので、
昨日のデジカメ写真をTVディスプレイにてデモを行う。
ビールと豚の角煮ワインとたこのカルパッチョ、レバーのソーセージを頂く。
鯖煮を定食にて夕食とした。

帰宅し、即就寝となる。
3:30に目が覚める。歯磨き、コンタクトケアを忘れていたため
体が反応したのだ。
再び闇夜に意識が薄れた。

9月最後の1日が終わった。



 2002.0929(日) めでたき日

6:00に起床する。
今日は義理の弟の結婚式だ。
息子と風呂に入り、支度をする。

朝方雨がちらついていたが、出発の時間には晴れ間も見える天気になった。
今日が、運動会の予備日であったりするため、
多くの行事が今日の天気によって無事に行われるだろう。

8:30にバスに乗り、三島プラザに出かける。

10:00写真撮影、
10:30親族紹介、
11:00人前結婚式、
11:30披露宴
とすすむ。

写真撮影の際に、デジカメにて写真を撮ったら「撮影禁止だ」と怒られる。
何故の撮影禁止なのか、よく分からない。
親族紹介では、カミさんと一緒に立ち上がったまま、
何となく間抜けな状態でお辞儀だけをする。

新郎、新婦の緊張感は本人達にしかわからないが、
自分たちの時よりも、ずっと普通の感じがする。

人前結婚式」なるものに、初めて遭遇した。
披露宴参加者が2人の結婚の証人となる。
仲人もいない。神もキリストもない。
二人を祝福するすべての人が、彼らの証人となる。
ずいぶんとスマートな結婚式だと感心する。

乾杯のあと宴がすすみ、余興が披露される
親族として、普段はしないお酌にまわる。
「新郎の義理の兄」「よろしくお願い」
の2つの文章だけでのお酌は、愛嬌もなにもあったものではない。
宴席での酌ほど、自分にとって不得手なものは無いと思う。

料理を十分に嗜み、酒を存分に味わう。
キャンドルサービスには、正直驚いた。
今は、こんな演出もするのか。
そうこうしているうちに、披露宴は次第にエンディングに近づく。
新婦から親に感謝の言葉があり、花束を贈る。
新郎の親からお礼の言葉、新郎からの挨拶、そして〆。
11:30から始まった披露宴は、14:00頃に無事終わった。

バスでカミさんの実家に帰り、そこで再び宴会が始まる
鼻炎用の薬を飲んだせいか、途中不覚にも寝てしまった。

結局21:00に帰宅し、ビール+カップラーメン+サラダで
夕食にした。そして、いつのまにかの就寝である。

なにはともあれ、幸多き1日が終わった。

 2002.0928(土) 前期のマトリックスを写す

今日も未明から激しい雨が降っている。
昨日、夜更かしをしたためか、早くに起きることが出来なかった。

webの有用ツールについて、カタヤマタケヒコからメールがある。
2,3試してみようと思う。
先日の話のなかでも、webサイトの運営について
いろいろとアドバイスをもらった。
少しずつをトライしようと密かに誓う。

サイトの少しを更新し、アップする。
本来ならもっと戦略的に、ビャーッと一気にやってしまわなくてはならないが、
それがすんなり出来ないのは、怠惰と無知によるものだ。

午後から昨日の続きを行う。
弥生会計付属のマニュアルを最初から読んでいく。
通常、ソフトのマニュアルは読まない事がほとんどだが、
今回は、初期で躓(つまづ)かないように慎重になる。
MGの決算プログラムの、
「前期のマトリックスを写す。ア行と0列」
がようやく終わった。
あとは、第1表資金繰り表の記入とチェック。
2−3日はかかりっきりになるだろう。

明日の結婚式の前日ということで、
カミさんの家族と食事に出かけた。

 「ラーメンひろちゃん」 0558−72−0460
 410−2407
 修善寺町温泉場桂町

数年前の記憶をたどる。自分の時はどうだったか?
おそらく友人と飲んだくれていたのだと思う。
明日が、幸多い日でありますよう。

帰宅して就寝する。

 2002.0927(金) 雨のフライデー

朝から雨が降っている。
秋雨の季節に入ったのだろうか。
天気予報は、4週連続の週末の雨を予報している。
今月2度あった3連休も、いずれかが雨だった。
天気をあてに出かけた人には不運だったろう。

完全週休2日になり、ハッピーマンデーがあり、「休日」が増える一方
子供達の休日をどのように処遇していこうかという問題も持ち上がる。

ゆとり教育というお題目を掲げ子供達の休日を多くし、
週40時間云々という制限を設け、労働時間の短縮を強要する。
一般事業主は子供と仕事との狭間で、もがいてる。

午前中、昨日の日記を仕上げてアップする。
メールチェック、web巡回をし、
雑務諸々にとりかかる。アセル焦る。会計処理が緊急事態である。
なんとかせねばならぬ。

そんな状況なのに、夕方には、美容室シェイプ に髪を切りに出かける。
29(日)の結婚式のために、白髪を染めた。

 美容室 シェイプ 0558−72−3394
 410−2407
 修善寺町柏久保1365

弥生活計と格闘しつつも、成果があがらない。
帰宅して食事をする。

ビールと、ちょっとしたつまみ
鮭のカマ塩焼きとみそ汁で
十分な量を嗜んだ。

風呂に入り、バイオリン奏者 「五嶋龍オデッセイ」 の番組を見ながら
そっと寝入った。

 2002.0926(木) TMO担い手講座-1 再会あり

7:38の電車にのり、静岡まで出かける。
今日から7回にわたって、「TMOまちづくり担い手講座」に参加するのである。
第1回は、オリエンテーションとグループ分け、講演、グループワーク。

静岡県県産業経済会館で10:00に開会ということで
予定では9:30には会場についているつもりでいたのだが、
駅からの出口を間違えて、かなりの大回りとなってしまった。
おかげで、駿府公園を散歩することが出来た。

10:00に始まった担い手講座は、運営が
修善寺で行われているワークショップと同じスタッフということで、
先週見た顔ぶれが並んでいた。

開会、オリエンテーションの後に、10:30からワークショップについての講義が始まる。
先日とほとんど同じ内容なので、緊張もなく訊くことができた。
休憩を挟み、他己紹介をすませ、昼食となる。

昼食は、静岡からの参加者について行き、

 「たけちゃんの台所」 054−221−5065
 〒420−0024
 静岡市中町15 宇田川ビル1F

にて、サンマの塩焼き+カツオのタタキ定食(680円) を食べる。
ずいぶんとお得なランチだった。

午後からは、約2時間の講義を聴く。

  日本政策投資銀行 調査役 藻谷浩介氏
  「静岡県のまちづくりを考える」

パワーポイントとビデオ、静止画像を駆使してのプレゼンであった。
講義の内容が、まちづくりの本質を突いていて、極めて内容の濃いものだった。
全国各地の市街地の様子を、成功事例、失敗事例を織り交ぜた
刺激的なものだ。
その後、「中心市街地の役割を考える」とういグループワークを行い、
各グループが発表し、1回目の講座は終了となる。

午前中、僕の処にきて、なれなれしく「元気だった?」という人物がいた。
最初、彼はきっと人違いをしていると思い、どう対処しようかと思案にくれたが、
暫くして、高校1年の時の同級生だと思い出した。
遠い昔の頃の記憶しかないので、彼を、彼と一致させるに時間がかかったのだ。
話していくうちに、確かに「あの」彼だった。
次回の講座2の時に、ゆっくりと飲む約束をして別れる。

夜は、大学の後輩、カタヤマタケヒコと一緒に飲む。

 片山米店  http://www.katayama-kometen.com/

彼の、毎日かいている「こめこめ便り」は、毎日の楽しみな巡回サイトとなっている。

カタヤマタケヒコを待つ間、カフェ「ciccio」にて日記を書き込む。
そこで、MGで時々一緒になる、久保田缶詰所さんに遭遇した。
やけに今日は、誰かとの再会が多い日である。

カタヤマタケヒコの奥さんに、店まで送って頂き、
改めて静岡駅近くの飲み屋まで徒歩にて繰り出した。

結局21:30まで、web、仕事、学生時代、その他で話が盛り上がる。
静岡駅まで送ってもらい、東海道線にて、帰途につく。

駅で写真を撮ってもらった。
僕も撮れば良かったと後悔する。
どうも、写真を撮るタイミングがうまくないと思う事が多い。
食べてから撮る料理の写真や、撮りたいと思ったときにカメラを忘れたり、
シャッターチャンスを逃してしまうことの、なんと多いことか、、、。
常に目を配って、「日記ネタ」を探していないと
翌日の20分での書き込みが不可能となる。

終電前の電車にて修善寺につくと、
だるま山スタッフのアサダマサオ君に出会う。
片や仕事の帰り、片や飲酒の帰り。
・・・イヤハヤナントモ・・・

のんびりと家に向かい、帰宅後すぐに就寝する。

よく「出会う」1日が終わった。

 2002.0925(水) なんとなくの水曜日

7:00に起床する。
シャワーを浴びて出勤。
それにしても肌寒くなってきた。

昨日の日記を作成し、アップする。
メールチェック、web巡回、パティオ巡回をする。

webニュースによるとジョーダンが現役継続をするという。
昨年現役復帰をし、プレーオフを決めるという時期に、彼は膝の手術を受けた。
当時の多くのプレーヤーが引退をする中、
またワクワクするプレーを見ることが出来る。嬉しいことだ。

連休も終わり、修善寺駅も再び静かになってしまう。
客待ちのタクシーが、用もなく駅前にたむろっている。
駅前の活気が年々衰えていく。
これがいつもの情景となってから数年が経った。
このままいつもの情景で終わってしまうのか、という不安が常にある。

午後から、雑務処理に追われる。
決算処理は、とうてい終わりそうにない。
かなり、焦らないといけない。

夕方、本を買いに出かけた。

  司馬遼太郎 「峠」 上・下

電車に乗るときの大切なアイテムである。

夕食はビールを350ccと、とろろそば。
食事のあと、メールチェック、web巡回をするが、
サーバーエラーのようで、どちらも叶わない。
さすがに、不都合を感じる。これで今月2回目のエラーだ。

日記を作成し、風呂に入り、2:00に就寝する。

 2002.0924(火) 今日も懲りない日

今月、2度目の連休が終わった。
そして今日、日常にもどる。
多少の筋肉痛があるが、頭をすっきりさせなければならない。

午前中、2日分の日記を打ち込む
思い出しながら、そして、写真をみながら、2日間を振り返る。
あっという間に時間だけが過ぎていく。

文章を書き込むという作業は、なかなか難しい。
慣れていないからだ。
日記を書くということが、僕にとってまだトレーニングされていないのだと思う。
出来ればその日の就寝前に書き終えるか、
翌日起きてからの20分で完成させたいとは思っているが、
それがなかなか簡単にはできない。

午前中ようやく書き終えた日記をアップする。
銀行に行き雑務処理をし、その後、ニフティのパティオを巡回する。
10/12、13に行われる湘南MGの打合せのことなどが
「湘南MGルーム」に書き込まれている。
そろそろ、湘南MGの準備もしなければならない。
湘南MGも、今回で10年20回を迎える。

1989年に始まった僕のMGは、13年、期数は250期を超える。
MG(マネージメントゲーム)
をやり、MT(マイツール)を知り、全国のリコモンと知り合った。
MGを知らないままの13年、知ってしまった13年、
どちらもそれぞれだろうが、知ってしまった事に感謝したいと思う。

夕方、だるま山高原自然塾のコアメンバーに今後の打合せのメールを発送する。
10日に行われる全体委員会の事前委員会となる筈だ。
先日、オチアイさんが参加者のアンケート結果を知らせてくれた。
プログラム内容に対してもさることながら、
参加者、保護者の感想が本当にありがたかった。
読んでいて胸が熱くなる内容であった。
来年以降もしっかりと運営していかなければならないと思う。

帰宅し、ビールを飲みながら野球観戦をする。
今日は、巨人がリーグ優勝する日になるだろう。
結果、サヨナラ負けをしながら胴上げ、という何とも冴えない光景となった。
数日前の西武の優勝も残念ながら情けない。
まぁ、どうでも良いといえばそれまでだが・・。

夕食はカレーとサラダ。ビールを3本やってしまう。
2日間あれほど飲んでも、また呑めてしまうという不思議。
今日もまた、懲りない日となった。

 2002.0923(月) バスケその弐〜懲りない面々〜

7:30に目が覚める。
昨日の不運が、出来れば夢であってほしいと思ったが、叶わない。
財布喪失のショックが残る。

8:30に会場に集合する。
試合が10:30ということで一時帰宅し、財布紛失の手続きをする。
財布に入っていたのは、現金2万円、クレジットカード、キャッシュカード、
診察券、献血カード、MG100回帳、串特急メンバーズカード、CDギフト券、
その他諸々。何とも残念でしかたない。

派出所へ行き、本署への電話にて紛失届けを出す。
クレジットカードとキャッシュカードの停止依頼連絡をする。
暫くして、バスケ会場へ戻った。

10:30開始予定の試合は、11:00から始まった。
8分間を4クォーター、32分の試合をこなす。
昔は20分*2セットの40分であった。
最近のルールがめまぐるしく変わっていて、
改正の都度解説を聞かないとついていけなくなる。

1試合終了後、昼休みとなり、弁当を食べる。
ビールを呑む。みんな呑んでいる。
当初、この、バスケの「昼休みに於ける飲酒」を受け入れることが出来なかったが、
慣れとは恐ろしいもので、今では「普通の出来事」となってしまった。
昼飯時のビールの消費は結局2本。ただのアル中オヤジになり下がってしまう。

13:15から2試合目が行われる。
田方クラブが3戦全勝となり、気持ち良く閉会となった。
他のチームの面々も十分楽しんだようで、
おそらくこの行事は、来年以降も、定例となる可能性が高い。

会場の片づけをすませ、簡単なご苦労さん会が行われた。
スズキカズオさんに家まで迎えに来てもらい、
途中、雨上がりの不思議な夕空を眺め、
大仁の「いつもん処」で焼肉+ビール+焼酎のウーロン割りで宴会
〆に、ラーメンを食べて閉会となった。
軽く呑んで帰ろう、といういつもの嘘は、この日も嘘のままで終わる。

解散後、スギモトさんの家で温泉を頂く。
風呂の窓から見える月を眺め、贅沢な家庭風呂を羨ましく思う。
大仁駅から終電を待つ間、大仁駅の雰囲気の良いロータリーを見て
これまた羨ましく思う。
こうした美観を修善寺駅に築くことができないものか。

大仁駅11:38の終電に乗り、帰途につく。
途中、さっきまで風呂の窓からみていた月を、今度は歩きながら眺める。

それにしても、この2日間もまた、随分と呑んでしまった。

 2002.0922(日) バスケその壱〜財布の喪失〜

午前中、墓参りに出かける。
お寺は数人が墓参りに来ていて、賑やかである。

暑さ寒さも彼岸まで、というが本当に涼しくなった。
とはいえ、昨日の長岡の体育館では、ツクツクホウシが鳴いていたのである。
正直、驚いた。

家では、未だにあまり美しくないアサガオが咲き続けている。
いったいいつまで咲き続けるのか、興味深い。
息子とサッカーをして遊び、駅へ向かう。
駅は、先週に引き続きの連休のためか、一時的に賑わっている

今日はバスケの試合がある。
電車で田京駅へ向かい、大仁小学校へ歩いていく。
静岡県内の3チーム、愛知から1チームのシニア4チームが、
22、23の2日間で親善試合を行うのである。
今日は、各チームが1試合、明日、各2試合を行う。

シニアの大会は、静岡のローカルルールがあり、
45才以上は黄色のリストバンド。
50才以上は赤色のリストバンド。
それぞれ、得点にハンディーキャップがあり、
黄色は1.5倍、赤色は2倍の得点にjなる。
3ポイントシュートを赤バンドが入れると、6点というとんでもなゲームになるため、
戦い方が特殊なバスケになることもある。

ゲームの終了後、他のチームは長岡の宿泊先「住吉館」へと向かった。
我々も住吉館の温泉に入り、懇親会に参加する。
乾杯の後、各チームが紹介された。

静岡の「やまにクラブ」
清水の「清老会」
愛知から「フリーダム」
田方の「田方クラブ」

みんなシニアだが、バスケが好きでたまらない人達だ。
明日の試合でゴールを決めさせろ、と酌する人も出てくる。
その後、2次会でカラオケをし、大いに呑んでから解散となった。

帰宅は、大仁から一人でタクシーに乗ったのだが、
小腹が空いた為、セブンイレブンで降りた。
雑誌の立ち読み後、ウーロン茶、カップラーメン、おにぎり、おでんをかごに入れ、
会計をする際に、財布が無い事に気づく。

タクシー代金は、財布から金を出したのに、無くなっている。
タクシーを降りた際、駐車場に落として誰かに拾われてしまったか、
立ち読みの際に、何かがあったのか、、
30分ほど店内を探したり、タクシー会社に電話したり、で万策を尽くしたが
財布の気配も無かった。

ショックで青ざめたまま、徒歩にて帰宅する。
悔しすぎて、呆れてすぎて、暫く眠れなかった。

 2002.0921(土) 小学校の運動会

今日は小学校の運動会である。
自分の時から数十年の間、小学校の運動会を見たことがなかった。

開会、ラジオ体操、とすすみエール交換が始まる。
見ていてなんだか気恥ずかしい。
大昔、自分たちの時代には無かったような応援風景が繰り広げられている。
運動会の運営は、開会の時から生徒達が役割を分担し、
進行、放送、順位つけ、得点板、等々の仕事がスムースに行われる。

総じて子供達の堂々たる振る舞いに驚かされた。
全校生徒の前でもしっかりと話が出来る。
放送の内容も申し分ない。
順位付けの素早さも見事だった。
おそらく準備や練習を十分に時間を費やしたに違いないが、
見ていて小気味よかった。
逆に、自分たちの時にはない、「何か特別な感覚」が湧いてくる。

プログラムの種目に、「競争」意識を促すような物が少ない。
むき出しの闘争心が見えない。
みんなで一緒に仲良く・・の空気が漂う。。。
時代が違う、といえばそれまでだが、
子供達の素の表情そのものなのなのか。
それとも、これが今の小学校の現実の姿なのか。
僕の中での、様々な感情の葛藤があった。

グランドはさながら、父親、母親、祖父母の社交の場となっている。
近所の多くと挨拶を交わす。
勿論、だるま山のスタッフも多い。だるま山の参加者も目に付いた。

プログラムは進み、昼食となる。
家族と子供で遠足気分だ。
あちこちで家族団欒の風景が繰り広げられる。
僕の時は、こうしたほのぼのとした感情は、残念ながら無かった。
仕事に忙しい両親は
運動会、参観日、その他の行事に出てきたことがなかった。
子供ながら、それが当然の事として受け入れられていた。

朝5時に起きて作ったというお弁当を、みんなで食べる。
こうした時にささやかな幸せを感じる。

午後のプログラムにある、「海〜修南ソーラン〜」
興味深く見ていたが、良く出来ていた。
「海」を上手に表現していて、トレーニングの跡が伺えた。
ただ、何故ソーランなのか、が残念でならないl。
出来れば修善寺らしさのオリジナリティを表現して欲しかった。

・・多くを望みすぎかもしれぬ。

競技は、最後の色別対抗リレーにて、赤組が勝利し、
大逆転にて優勝を勝ち取った。
閉会式の時には、応援団長、騎手の子供達が涙を流していた。
見ていて、微笑ましかった。
今日の涙は、彼らの貴重な財産となることだろう。

15:00に撤収してきて、雑務の続きを行う。
夜は、バスケの練習に長岡中に出かけた。
修善寺中の女子と、カミさんのチームとの練習試合が行われる。
もう一つのコートで、長岡のメンバーと、ゲーム形式に参加する。

帰宅後、昼のピクニック弁当の残りをつまみに
缶ビール350cc3本を空ける。
久しぶりにくらくらするほどの酔いを味わった。

風呂に入って汗を流し、
メールチェックをし、1つのレスを返し、
いつの間にか、就寝する。

 2002.0920(金) 青すぎる空の碧

6:30に起床する。久しぶりに朝食をたべる。
今日も天気が良い。雲一つ無い青空が広がっている。
あまりに青すぎる碧がそこにある。

午前中から、マイツールで、PQをひたすら入力する。
入力項目を多く設定したため、入力がたいへんだ。
キーボードの数字キーをただ叩き続けるのは、
非常にエネルギーが必要である。
ただひたすらな入力作業は、夜まで続く事となった。

明日は、中秋の名月らしい。
中秋の名月と満月は、通常は一致しないが、
今年は偶然にそれが重なるのだ、とラジオで誰かが話していた。
昨日といい、今日といい、その月あかりの鮮やかさは、見事である。
明日も良い天気であればいいと思う。

20:00から、駅前公民館へ駅前まちづくり委員会に出席する。
12月7日(土)に、駅前の一部商店街で行われる
ナイトバザールの打合せである。

ナイトバザールを仕切る、ナガクラカズマサ氏が
資料を配付して、それぞれのテーマについて協議を進めていく。
途中何度か、僕に宿題が振られたが、
その都度手書きにて宿題を片づけてしまう。
家に帰ってからだと、たぶん宿題は片づかないと思ったからだ。

「みんなで楽しくかたらして」
〜地域の歴史・食・文化の再発掘〜

と題した今年のナイトバザールは、

きりだめ寿し、すがに汁、すっかけ汁、いのしし鍋、
天城連峰太鼓、ストリートミュージック、面々祭り、、といった内容になる。

「みんなで楽しくかたらして」
は、冬のナイトバザールとして今年4回目を迎える。
スタッフもノウハウが分かってきて、運営も多少慣れてきたのと、
イベントの認知もされてきたためか、人の出も年々多くなってきた。
今年は例年にプラス、めんめん祭りへの足掛かりをつくっていこう、
というスタンスで進んでいくことになる。

何はともあれ、事業はある程度継続していくことが大切だと思う。
うまく育っていってほしいと願っていた「手筒花火」も
一部の心なき人々につぶされてしまい、
燃えていた人間のやる気が失せてしまった時期もあった。

人のやることに、ことごとくチャチを入れる輩(ヤカラ)もいる。
頼むから足を引っ張るな、が率直な気持ちだ。

とはいえ、
「数十年後の地元<明日の飯」
とならないように、足下は常に固めていかねばならぬ。

20:00から始まったナイトバザールの打合せは22:00過ぎまで続いた。
終了後、「11:00まで」という約束で、串特急でちょいと一杯をする。
ところがいつものように、ちょいと一杯どころではなくなり、
11:00が1:00という、一桁少ない時間までの小宴会となる。

「のっぴきならぬ事情」やら、「ここだけの話」やらで盛り上がり、
様々な余韻を残しながらの帰宅となった。

帰宅後、メールチェックをし、1通の返信をして、就寝する。
明日は、小学校の運動会である。

 2002.0919(木) 吸い込まれそうな月
朝寝坊をする。
相変わらず朝の体調がすっきりしない。

午前中、昨日の日記を打ち込み、アップする。
久しぶりに、画像をのせた。

午後からたまりに溜まってしまった、会計処理にとりかかる。
マイツールにてPQ(売上げ)の細目を設計し、
データベース化する。
会計ソフトを使う以前の処理である。
今月中には1年間のすべてを入力処理しなければならない。

夜19:30からの、まちづくりワークショップに出かける。
いきいきプラザにつくと、吸い込まれそうな月が鮮やかに輝いていた。
明後日は、中秋の名月だ。
晴れてくれればいいと、願う。ススキでも飾ろうか、などと考えた。

5回目の会合となる今回は、グループの中間発表があった。
他己紹介、タウンウォッチング、グループミーティングとつづいてきたワークショップの
一応の一区切りとなる。
今後、この発表内容から、もう一段深い議論がなされていくこととなる。
こうしたミーティングが、十分に活用されることを切に願う。
次回は富士宮、三島の視察研修にいくという。

帰宅後、ビール+さばの塩焼き、削り節と刻み海苔、みそ汁、、の夕食をとる。
web巡回をし、メールチェックをする際に、サーバーに繋がらなくなった。
たぶん、ホスティングサーバーのエラーによるものだろう。
明日には復旧するだろう。
諦めて、就寝する。
 2002.0918(水) 4日ぶりのデジカメ

今日は天気が良い。
朝、いつまでも寝ていると、秋らしくない陽気となっている。
最近朝早く起きることが出来ない。
気づくと3:30、という飲み過ぎのためかどうかわからないが、
生活リズムがずれてしまったのかもしれない。

昼に大滝ラーメンにて、ラーメンライスを食べる。
そうだ、最近写真を撮っていない、と気づき、急ぎFinepixを取りに行く。
久々の撮影だ。
店周り、自宅周りしか徘徊していないということの証拠である。
いやいや、ただの怠惰か。

web仕事の関係で、過去メールの検索をBeckyで行うが、
なかなか見つからない。
便宜上、いくつかのアカウントを使い分けているが、
それぞれを検索していくが、うまくヒットしない。

結局、ウィルスメールの疑いのあるメール削除の際、
誤って削除してしまったと思われる。
メールの送信者に、電話でもう一度送ってくれと依頼し、
事なきを得たが、なんとも間抜けである。

僕は、整理整頓が苦手だ。
ほしい時に、必要な情報が見つからない。
常にサーチ、ソート出来るように、情報の置き方、置き場所を、
考えながら整理すれば良いのだが、それが出来ないでいる。
根っからだらしないのだ。
「常に備えよ」を良く解っているはずなのに、出来ない。

夜は「ホリデーイン修善寺」の会議に出かける。
10/27(日)に行われるイベントの大詰め打合せである。
企画、運営、庶務、広報、と分担された委員会の総括委員会だ。
本番までの準備、当日の役割、告知方法、等々、が協議される。
詳細jについては、webにても、告知されるだろう。

「ちょいと一杯」があると思いきや、
Thinkpadを片づけているうちに既に人影がなかった。

思わず早い帰宅に、夕食が無い。
早い帰宅といっても、22:00を廻っている。
セブンイレブンににて、カルビ丼、チキンの煮込み、ビール500cc、を調達し、
体に良くないであろう夕食をすませ、就寝する。

掛け布団がないと寒い夜になった。

 2002.0917(火) オレヨリサキニイクナ の約束

朝から、日朝首脳会談の様子をTVが伝えている。

北朝鮮についての諸々は、マスコミにまかせるが、
自分の子供を拉致され、
二十数年もの間生死もわからずにいた親の気持ちは、
想像に絶えない。

簡単に、生死の確認云々をいわれても、
その事実は簡単には受け入れられる訳がない。
ただただ、今後平和な国際関係が構築されることを願うばかりである。

昼に駅そばを食べ、
午後からwebの続きの仕事を片づける。

webニュースによると、
NBAのセンター、パトリックユーイングが引退するという。
僕が現役でバリバリ動けてた時からずっと、彼はNBAのスターだった。
あの頃の記憶が蘇る。
ジョーダン全盛の頃のNBAが一番ワクワクした。
個性あるプレーヤーがたくさんいる中でも、彼の存在は特別だった。
40才とういう年齢は、スポーツ選手にとっては限界なのかもしれない。

メールチェックをする。
だるま山のメーリングリストで「のりチャン便り」を受信する。
彼の処に届いた、参加者からの便りを紹介してある。

参加者の便り以外にも、
「のりちゃん便りPART2」、「PART3」・・を出してほしいと思う。
人の近況を伺うというのは、とても楽しい。

早くに仕事を片づけ、帰宅する。
途中、息子に話しかける。
昨日の通夜の話をする。
子供に先立たれた親の辛さの話をする。
「俺より先に死なないでくれよな。」 と、約束をする。

一緒に風呂に入り、みんなで食事をし、TVで野球を観、
ゆったりと時間を過ごす。
web巡回すると、ナナエがBBSに書き込みをしてあった。
簡単にレスをつけた。

今日の日記を書いて、就寝する。

 2002.0916(振休) 秋雨にての哀愁
朝から雨が降っている。
長かった夏がようやく終わり、一気に秋真っ盛りになったようだ。
数日前までの「夏のような曇」が嘘のようである。

昨日の日記をかいてアップする。
日記も1ヶ月続き、次の目標が3ヶ月、その次が、1年、、
本当に「いつ途絶えてもおかしくない日記」が、いつ途絶えてしまうのか、
自分でも興味深く見守っている。

午前中をのんびり過ごし、web巡回の途中、
友人JOKER氏のサイトを見入ってしまう。TRAVELが楽しい。
毎年オーストリアに行き、結婚記念旅行に行き、ハワイに行き、、、
羨ましい限りである。
日程管理が、しっかりと出来ている所以であろう。

MG
に参加し、マイツールを使い出してから十数年が経つが、
企業も個人も、一向に向上していない。
MGは、会社と個人を強くする、というが、僕に関しては当てはならない。
マイツールの日程管理は、未来意志決定の道具、ともいうが、
これも、僕には当てはまらない。

すべては、自分次第ということだ。

午後からwebの仕事をこなす。
あれこれしているうちに、通夜へと出かける時間となる。
長岡へ車で向かう。

後輩の長男は、病気で亡くなったらしい。
高校2年16才である。
まだまだこれからの人生であるのに、と思うと何とも言葉にならない。
人の死は、残された人の事を考えると、
せめて順番に逝ってほしいと思う。
子供に先立たれる事ほど辛いものはない。

帰宅後、缶ビール2本+食事をし、TVを見ながら就寝する。
夜が寒くなってきた。

 2002.0915(祝) 敬老の日
昨晩から鼻炎が始まった。今朝も相変わらず、である。
涙目、鼻水、くしゃみ、でたまらない。
目、鼻、耳を取り外して、水で洗って着け直したい気持ちだ。

3連休ということで、修善寺駅も人が出ている。
久しぶりに、活気めいた駅前を見た気がする。
写真を撮っておけばよかった、と後悔する。

今日は敬老の日である。
新聞によると、65才以上の人口は、2,362万人で総人口の18.5%
75才以上の人口は1,003万人で初めて1,000万人を超えたという。
今後、益々高齢化が進むだろう。

昔は、老人は、常に家の中で重要なポジションにあった。
今が違うというわけではないが、老人比率が多くを占めている為か、
単に、モラルの低下という問題かもしれないが、
昔ほど敬われなくなっている気がしないでもない。

昨日のTVで放送していた、「グリーンマイル」にあったが、
自分のグリーンマイル(≒余命)が、どれだけの長さなのか、自分ではわからない。
もしかしたら、明日かもしれぬ。
単に長生きをするということではなく、
感動や、共感や、いろんな経験、知恵、諸々を財産として
それらを長く、持っていたいと思う。

夕方、バスケの先輩シンゴさんから電話がある。
後輩の息子(高校
2年)が、亡くなったという。 
辛いことが、またおきてしまった。

長生きする者あり、若くして死ぬ者あり。
いずれ人は死ぬけれど、
遺された人の心が痛まない方法が無いものだろうか。
出来れば、自分の場合は、笑いながらの葬儀になってほしいと思う。


明日は、彼のお通夜である。

夜、カミさんの実家にて食事を頂く。
さすがにビールは、遠慮した。
息子とピンポンゲームをした後帰宅し、
すぐに就寝する。

 2002.0914(土) 食べて呑んでの休日
頭が痛い。二日酔いである。
それはそうだ。何せさっきまで、呑んでいたのだ。
風呂にはいり、汗をながしても体がシャキッとしない。

11:00からカミさんの実家の法事へと出かける。
修禅寺にて坊さんと一緒にお経を読み、故人に焼香をあげる。

法事のあとは、明日が敬老の日ということもあり、
カミさん実家の家族でばあさん(92才)をつれて、
韮山の「伽羅えん」へと食事に出かける。

 伽羅えん 〒410-2113 
 静岡県田方郡韮山町中1363
 TEL:055-949-2200
 FAX:055-949-2204

ここが秀逸であった。
昼間11:00から16:00まで、食事と入浴がついて1人3,000円という金額。
食事の支度ができるまで、息子と一緒に風呂に入る
今日2度目の入浴である。

風呂のあと、昼からビールを呑んでしまう。
二日酔いで頭が痛いのに、何故か呑めてしまう。
料理もうまかった

食事の後、3度目の入浴をする。
酒を出し切るつもりでの入浴であったが、
再び、湯上がりの一杯を頂いてしまった。半分はやけくそである。

15:00までくつろぐ。
8人分の料理、ビール7本、ジュース2本、タオル数本、入湯税、消費税などで
〆て、32,000円。一人頭4,000円ほどだった。
久しぶりにのんびり出来た。お勧めの昼飯コースだ。

帰宅後、落ち着いてから、今度は沼津に買い物に出かけた。
西武百貨店にてYシャツとネクタイを仕入れ、
ドトールにてお茶をし、仲店を散歩する。何故かヤギがいた

昼間さんざん飲み食いしたのに、夕飯をどうするか、などど
贅沢な相談をする。
結局は、 ウナギを食べにいった

 うな繁  〒411-0907
 TEL 055-975-6879
 FAX 055-981-1015
 静岡県駿東郡清水町伏見239−3

白焼き、うな丼、うな重、石焼き丼、ビール、冷酒、、を頂く。
肝焼きを頼んだが、残念ながら品切れ。焼き鳥にてガマンする。

21:00に帰宅し、野球中継の放送終了を憤慨しながら
ビデオ「ハムナプトラ2」を鑑賞する。
野球中継は、途中の放送終了というのは、頂けない。
サッカーを、延長の中継をせずに終了と同じ事だ。
バスケットを、第3クオーターで終わるのと同じ。
相撲の、最後の取り組みを放送せずに終了と同じ。・・・きりがない。
とにかく、途中終了するくらいなら最初から放送しない方が良い。


2日分の日記を書き込み、遅くに就寝する。

 2002.0913(金) 呑んだくれたち

午前中、ヒロカズ君がスタッフの裏ビデオ」を持ってきた。
今日の慰労会+偲ぶ会で、PCデモ用にコピーをする。

その後、昨晩自宅に投函されていた、
アサダマサオ君のノルマCDを事務局に届ける。
これで2回目参加者へのCDが揃うこととなる。
本日中にカトウさんが、郵送手続きをしてくれるだろう。

午後から、webの仕事に少し取りかかる。
やらねばならぬ事があれこれと出てきて、なんとなく1日が過ぎていく。
何一つ、終了というものが無い。  しばしの虚脱感である。

夜、だるま山高原自然塾の慰労会+カツオさんを偲ぶ会が行われる。

   野風増(0558−73−0888)
   〒410−2401
   修善寺町牧之郷534−3

19:00から20名余のメンバー一同が野風増に介する
事前の委員会、当日のキャンプ、事後業務処理、等々
1年間みんなよく頑張っていた。それも今日で一応の終了である。

慰労会と共に、カツオさんを偲ぶ会ということで、
PCの勝雄さんメモリアル」ビデオをキャンプの様子と一緒に流す

2つのテーブル席の為か、なんとなく話がまとまらない。
三々五々、キャンプの話に花が咲き、慰労という意味では良いのだが、
自分としては、満足出来ずにいる。
委員会ごとに、キャンプのミーティングごとに、或いは飲み会の席の時ごとに
一人一言を行ってきたが、最後になってそれが反映されなかった。
おそらく皆も話し足りずにいただろう。

約2時間の1次会の後、TANPOPOにて、2次会を行う。
若い衆たちは、串特急へと繰り出していった。

その他のメインメンバーはそのままTANPOPOにて酒をくらう。
途中、寝る人あり、語らう人あり、笑う人あり、、
19:00から始まった宴会はまだまだ続く。

3次会はびろーどに行き、カツオさんを偲ぶ唄をうたう。
2:30過ぎまで呑んだり歌ったり、をしていた。
結局ミニストップでカップラーメンを食べ、帰宅して時間をみたら
3;30となっていた。とんでもない不良オヤジたちである。

何となく消化不良のままの飲み会は、こうして幕を閉じた。

 2002.0912(木) 夏のような曇

8:00に起きる。朝飯を食べずに出勤する。
昨日の夜更かしのためか、体が重い、

午前中、事務局にノルマのCDを持参する。
オチアイさんと遭遇。彼もノルマの提出だった。
観光商工課にて、暫くくつろぎ、外へでると、蝉がシャカシャカと鳴いている。
夏も終わったというのに、
彼らにとっては、子孫を残す為の必死の叫びなのか。
青空も、色合いだけ見れば、それこそ、「夏のような曇」である。

午後から知人のPCを設定する。
ADSL用のLAN設定が少しやっかいだったが何とか作業を終える。

コンピュータリブから、「やさしくデジタル」2002年9月号が届いていた。
最新・最適・最先端 と題してA4数枚の綴じ込み新聞を
月に1度程度、郵送してくれるのだ。
webの運用、PCの思想、業界動向、日記、、、
その時々のキャッチーな情報を的確に発信している。
更に、毎週メルマガを発行していて、マイツールの情報なども発信する。


とてもじゃないけど、僕にはマネできない。

夕方から一人で店番をする。
ふと見上げる空に、再び「夏のような曇」がある。
暑さ寒さも彼岸まで、
とはいうが、あと10日ばかりで
季節は光陰矢のごとく、変わってしまうのか。

夜、久しぶりにバスケットの練習に顔ををだす。
暫くバスケに参加できなかったので、久しぶりに汗をかいた。

帰宅後、食事をし、メールチェック、web巡回、日記の作成をしようと思いつつ、
いつの間にか、就寝してしまう。


 2002.0911(水) 坂の上の曇
8:30に目を醒ます。
十分すぎるほどの睡眠をとっていた。

午前中、ホリデーイン広報の頼まれごとを行う。企業協賛の依頼書+申込書の製作である。
昨日のCDコピーの続きを行いながら、午後には、だるま山キャンプのweb版製作をする。
2回のキャンプの画像約120MBを、画像処理と画像削除にて約7MBに編集する。
それをwebアルバムのオートにてHTMLに変換し、インデックスページを作って整理する。

そんなこんなで、1日が過ぎていった。

19:00からのMUG(マイツールユーザーズグループ)の例会のために
沼津産業振興プラザに向かう。
マイツールという超マイナーなデータベースソフトのユーザーグループは
年に何回か、勉強会と情報交換会を行うのである。
本日の講師は、MUG銀座会長のミヤガワケイ氏の

「経理パッケージソフトとのデータ変換」
〜マイツールは、どんなソフトにもフィット・相手本意の最強ソフトだ!〜

という内容であった。
ダスキン小山社長の話をまじえながらプロジェクターを使っての話であった。

講演終了後、沼津港湾にて懇親会
沼津岳陽通信社の社長、ミヤシロ氏との話のなかで
横浜の戦艦「三笠」のことが話題になった。
日露戦争で活躍した旗戦「三笠」だ。「坂の上の曇」に出てきている「あの」三笠である。


2月の下旬から始まった、「歯科矯正と読書」は、まだ完結していない。
あの時から読み始めた「坂の上の曇」は、途中数冊の寄り道をしながら
ようやく最終章(八)のエンディングを迎えつつあった。

先日の日建交流会でも、奇しくも日露戦争の話題があがった。
そして、今日その話題である。
本を読むことの付加価値というか、タイミングを有難いと感じた。
自分のアンテナがたまたまその話題をとらえたのだと思う。
逆に、本を読んでいなかったならば、記憶にもとまらない話題となって
右から左に過ぎていったかもしれない。
アンテナをどれだけ広く張っているかということの重要性を痛感した。

約2時間の懇親会も終え、2次会に行くこともなく、

伊豆箱根の修善寺行き最終にのって、システムエイドのアキタさんと一緒に帰る。

車中、一人になってから、「坂の上の曇」を読み終えた。
あとがきを残し、2月からの読書は、一応のエンディングである。
最後に、秋山真之の没日が、自分の誕生日であることを知った。

「坂の上の〜」は、一般の人なら数日で読み上げるだろうが、
幸か不幸か、数ヶ月を要した。
いろんな感情、いろんな知識、いろんな情景を行間に感じた。
また、これからも可能な限り、本を読んでいこうと思った。
しかし明日からまた、いつものように、読書のない日常がまっていることだろう。

深夜、だるま山ギャラリーをFTPアップして就寝する。

 2002.0910(火) 1年前の明日
少し寝坊をした。昨日の酒が残っている。

昨日の日記を打ち込んでいる時に、タニグチさんがやって来る。
メールについての質問に答え、昨日の話、part2をする。

委員会で、僕のCDコピーを割り当てられていた。
2回目キャンプを10セット20枚というノルマ。
HTML製作と、第1回、第2回のマスターCDのコピー、そして今回。

CDコピーの作業は、総計30セット60枚以上に及ぶ。
1枚20分としても、20*60=1200分 20時間である。
Gatewayにてコピー作業をしながら、Thinkpadにて日記を仕上げる。

午後は、銀行、支払い、その他雑務をやっつける。

夜は前夜に続き、会議である。
ホリデーイン修善寺の広報委員会を19:30より行う。
広報活動をするということで、
ポスター、チラシ、役場の町報、新聞記事、新聞広告、HP、その他に
掲載の段取りを話し合う。
10/27(日)の開催なので余り時間が無い。
早速の作業分担をして、22:00に閉会となる。

ふと見ると、桂座のポスターに出演者のサインが書いてある。
今年も桂座に参加出来ずにいた。残念だ。
今回で3回目の桂座は、年々好評を博し、観客も毎年楽しみにしているらしい。
次回は必ず・・と思いつつ、毎年悔やむ事となっている。

帰宅してから、晩飯を頂く。
TVでは、昨年のテロ事件のドキュメントを放送している。
あれから1年が経つ。
1年前の明日9/11は、まだ現役だったJCの理事会があり、
珍しく早く終わったため、22:00には自宅についていた。

テレビをみると、本当に信じられない光景があった。
最初、映画の1場面かと思い、その事実に目を疑った。

明日には多くの番組で、追悼の特集が放送されることだろう。
ご冥福をお祈りする。

Thinkpadにてweb巡回をした後、24:00に就寝する。

 2002.0909(月) ここにも終わらない夏・・
朝からカミさんが出かける。
必然、店番が僕の係となる。
一人での店番は慣れないためか、なかなか思うようにいかない。

一昨日から、なにやら鼻炎が始まった。
花粉症のため、2月から5月までほぼ毎日が耐え難い症状に悩まされる。
新緑の頃には通常は治っている。

アレルギー体質になったからかどうかは解らないが、
季節はずれに、春先の「花粉症」の症状が出るときがある。

一昨日、今日、と忘れていた苛立ちが襲ってきた。
ティッシュを抱え、鼻を押さえ、鼻水をかぎまくる。
涙も止まらない。本当に切ない。
そんな状態を何とかごまかしながら1日を過ごした。

夜のだるま山委員会の作業に間に合うように、CDのラベルを製作する。
本当は、CDに直接プリント出来れば良いのだが、
とてもじゃないけど、時間が無い。

4cm*7cmのラベルシールに
だるま山高原自然塾 2002.08/09,10,11 disk2
などと印刷をする。

だるま山の委員会では、
CDのラベル貼り、宛名ラベル貼り、リーダーからのコメント記入、CD挿入、、
PCにてビデオを流しながら、わいわいと作業をしていく。

7月の参加者からお礼の手紙が事務局に届いていた。

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前期だるま山高原キャンプスタッフの方へ

こんにちは。お元気ですか。
私は絶好調ですッ!
この前のだるま山高原キャンプ、とってもおもしろかったです。
いい思い出になりました。
ありがとうございます。
特に楽しかったのは、キャンプファイヤーとハイキングです。印象が強いのは、
ハイキングかな。じゅく長や保健の人もついてくれて、とてもおもしろかったです。
あの“たからもの”は「思い出」でした。
私は、この夏で、かぞえきれないないほどいい思い出が出来ました。
なんだか、旅行に行ってたら夏休みが終わってしまいました。

その中でも、おもしろかったのが、だるま山高原キャンプです。
本当にありがとうございました。とーーっても、楽しかったです。
全然知らない子と、同じ班になって、初めはドキドキしてたけど、
すぐに仲良くなれました。みんな、とってもやさしくて、いい思い出です。

また、来年6年生になったら、また行こうと思います。その時は、
よろしくお願いしますね!!

それでは・・・・。
本当にありがとうございました!

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クレタケヒロミである。
彼女は、小さくて、細くて、おとなしそうな子であったが、
班長となって、元気よくみんなを引っ張っていた。
体に似合わない力強い言葉と行動が、印象的だった。

スタッフにとって、こうした言葉が一番嬉しい。
明日、7月の参加者にアンケート、CD他が送られるが、
数日後には、おそらくレスポンスがあるだろう。楽しみである。
19:30から始まった委員会は、結局22:30まで続く。

閉会後、横瀬「乾」(イヌイ)にて、ちょっとしたアフター委員会を行う。
だるま山委員会の若い衆も加わる。
ウエダケンジ、ウエダユウイチ、ウメハラノリヒロ3人の若い衆と
ハギハラユウイチ、タニグチテツオ、スギムラカズヒロ、の年寄り衆。

今日の委員会の反省会と、今年2回のキャンプの総括と称して
一人2分50秒以上、3分以内、という制約条件で、一言ずつ話をする。
しかし、誰一人として3分以内のスピーチを守れない。
皆、思い入れが強いのだ。
「あの時」を語る時、いつも、あの「キャンプの夏」に、瞬時に戻るのだ。

「おれもPAOPAO通信読んでますよ」とウエダケンジ。
ここにもいたか、という感じで、嬉しかった。

てっぺんまで小一時間、という筈のアフター委員会は、
先ほどのスピーチ同様、約束を守れずに25:00まで続いてしまった。
心地よい酔いと心地よいスピーチにて締め、帰宅する。
適度に頭脳が回転している。
このまま書き留めたい事が湧いてくるが、結局、それらは闇夜に葬られた。

毎日、いろいろな文章や単語が頭を駆けめぐる。
しかし、それらは融合せずに、消えて無くなる場合が多い。
表現力の欠如によるものだ。

僕の中にある「あるもの」は、泡のように、湧いては消え消えては湧いてくる。
常に、表現したいことすべてを表現出来ればいいと願う。

いろんな事を考えながら、ふと睡魔に襲われた。

 2002.0908(日) 静寂
8:30に起きる。
バーボンを飲んだ翌日の割に、気分が悪くない。
シャワーを浴びて店に向かう。
昨日の日記を打ち込み、アップロードする。

ヒロカズ君から「勝雄さんメモリアル」のCDビデオを受け取り、
Thinkpadにコピーする。
13日の慰労会+偲ぶ会にてのデモ用だ。

まちが静かである。
夏も終わり、落ち着きを取り戻した感があるが、
それ以上の何か不思議な静寂感がある。
今日を境に秋に向かうのであろうか。

CDがうまくコピー出来ない、というので
ヒロカズ君分担のCDを数枚受け取り、
Gatewayにてコピー作業を行う。
CDをコピーするにあたり、随分とバグや不都合があった。
PCの相性もあるかもしれない。何か他の原因があるのかもしれない。

それにしても、コピーに時間がかかる。
Gatewayは納品から4年が経っている。
CUP、メモリー、その他が既に過去のものになっているのかもしれない。

CDを数枚コピーしてから帰宅する。
だんだんと歯のワイヤーに慣れたため、食事がおいしくなってきた。
TVを見ながらいつの間にか、就寝してしまう。

 2002.0907(土) バグ無きを願う

朝、ヒロカズ君とヤマダケンジさんから電話がある。
CD−ROMにバグがあるという。

2回目キャンプのインデックスに画像表示できないものがある。
1回目1枚目のCDがコピーできない。 との事。すぐにチェックに行く。

午後からは、カツマタユウキ君の見舞いに出かける。
沼津で待ち合わせ、4名にてワタナベタケヒコ氏の車で御殿場前田脳神経外科へ向かう。
大丈夫そうだという話を信じつつ、面会の仕方を思案する。

カツマっちゃんは元気だった。
ただ、右の額から耳にかけて大きな傷跡が痛々しかった。
枕元をみると、8月20日云々・・とかかれていて、発病の日にちを特定できる。
どうか彼に後遺症(バグ)が出ないように、と祈る。

当時の様子を克明に聞くと、本当に健康管理に気を付けねば、、と思う。
いつ襲って来るとも解らないアクシデント、不幸の来襲、、、、
それらに対する気構えを常に持たねばならない。

見舞いがすんで、食事に出かける。
沼津港湾付近、菊屋へ向かう。ちょっとした割烹である。
刺身の盛り合わせ、桜エビのかき揚げ、茄子のサラダ、明太子とチーズのグラタン、
鮪の竜田揚げ、ゴールデンポークの角煮、、、等々を食す。

4人のうち、2人が酒を飲めない。
カタヤマさんは、体調不良のため医者から酒を断たれている。
ワタナベくんは、車の運転のため、酒を控えた。
僕とサクラダさんの2人で、大いに酒を飲んだ。
少しは遠慮しがちであればよいとも思ったが、どうでも良い。
最後はおにぎりとみそ汁で締めた。

久しぶりに校友数人での宴席であった。
話に全員が加わり、すだらもない話の他に、仕事の話や、映画、読書、音楽、、、
知的好奇心をくすぐる高尚な話もあり、数時間があっという間に過ぎた。
とても有意義な時間を共有できた。

2人を車で送り、ナベちゃんと2人で三島のバー、CRISTYへ行く。
バーボンを少々呑み、ヨタ話をこいて酔っぱらう。
12時を廻ったところで車で送ってもらい、帰宅する。


 2002.0906(金) キャンプの「ご褒美」?

朝から雨である。
昨日までミンミンとないていた蝉も、夏と共に去ってしまったようだ。

ヒロカズ君がカツオさんの写真を取りに来た。
カツオさんを偲ぶ会にあわせて、ビデオを編集するという。
13日には、この愛機 Thinkpad s30 にて、宴会場でのデモが行われる。

メールチェックをする。
メーリングリストにコバヤシトモミのメールが入っている。
彼女は、埼玉からボランティアスタッフとして2回目のキャンプに参加した。

キャンプ参加の子供から、誕生プレゼントと手紙をもらったという。
班のリーダーだけに許される特権である。
塾長をやっても、こうした「ご褒美」とは無縁である。

先日の歯科矯正から、飯が上手に食べられない。
かみ砕けないのだ。
食事の半分は、飲み込むようにして、胃の中に流し込む。
うまいもまずいもありゃしない。
歯の痛みが暫く続くと思うが、それが落ち着くまでストレスが溜まることとなる。
食事も言葉もかみ砕くことが大事 とは誰が言ったか言わないか・・

銀行に行き、雑務をこなす。
PCバンキングにて、給与振り込みの手続きをする。

9月になっていろいろと落ち着くかとも思ったが
気ぜわしさは一向に変わらず、である。

弥生会計を立ち上げ、MGでいうところの
今日の日付、第○期、社名、社長名、DCに○、FCに×、
をしたところで、頓挫した。
適当なところで切り上げ、帰宅する。

従妹の次男、マツノリュウセイ2才が、ウチに泊まるという。
息子と2人で遊びたいそうだ。
今日は4人で食事をし、3人で風呂に入る。
息子の小さき頃を思い出す。
子供らは2人で布団の上で楽しそうだった


「坂の上の曇(八)」を読みながら、22:00頃
早い時間に就寝してしまう。

 2002.0905(木) 再びハビワラカツオさん

朝起きて、新聞を読む。
伊豆日日新聞にハギワラカツオさんの記事が出ている。

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【記者コラム】 「川と遊ぶ会」を遺(のこ)した人

 茨城県出身の萩原勝雄さんは、アユ釣りが好きでしばしば修善寺を
訪れていた。この地にひかれ、移り住み、伊豆新世紀創造祭にはボラ
ンティアとしてイベント運営にも携わった。

 今年狩野川漁協横瀬支部の支部長となり、子供たちが狩野川にもっ
と親しめるように----とイベント開催を考え始めた。アユ釣り教室などの
プランを練り、横瀬区や横瀬まちづくり委員会の役員に相談、開催に向
けて動き出した。しかし八月十六日、病のため急逝。四十三才だった。
相談を受けていた役員たちは、萩原さんの狩野川への、そして地域への
“思い”を受け継ぐかのように、イベントの準備を進め、区の防災訓練に
合わせて「川と遊ぶ会」を開催した。

 河川敷には幼児から漁協横瀬支部のお年寄りまで、多数の地域住民
が集まって、アユのつかみ取りやカヌー体験、バーベキューを楽しみな
がら、ふれあいを深めた。その光景に、人と人、人と地域を結ぶものは
何か、考えさせられた。

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カツオさんのあの人なつこい笑顔を思い出す。
13日に、キャンプの慰労と偲ぶ会を行うが、
そこでも多くが語られることだろう。

朝、ヒロカズ君から、2回目のビデオ編集が済んだということでCDを預かる。
スタッフのメーリングリストによると、全部で70時間を要したという。
ご苦労様だ。本当に、頭が下がる。

午前中、弁当の配達に落合楼へ出かける。
支払いが済む間、フロント奥の硝子越しに渓流を眺めと、
玉虫が鮮やかな羽を揺らしながら飛翔していった。
何年ぶりにみただろう。ふと、昔を思い出す。
落合楼も今は営業していない。
近い将来に向けての準備中のようだった。

その足で役場観光商工課へ顔をだす。
カトウさんに、CDコピーを依頼する。
途中、電話が入る。
宅建受験の際の日建学院の校友、カツマタユウキ君が
8月上旬に、くも膜下出血で倒れたらしい。
御殿場の病院に来週まで入院中であり、状態は悪くはない、との事。
早速お見舞いの連絡を学友にとる算段をする。
どうか大事に至らないでいてほしい、と願う。

アキツカメラから、Finepixが修理から戻ったという連絡をうけた。
やっとなじみのカメラが手元に戻る。
やはりホッとする。
これからもう少し画像が増えるかもしれない、などと思った。

キャンプ2回目の編集を仕事の合間に終える事ができ、
やっと気持ちがすっきりした。
これで今年度のだるま山高原自然塾も、
9/9の委員会ですべて段取りが整う事となる。

夜は、ホリデーインの打合せに出かける。

8/5から始まった「いつ途絶えてもおかしくない日記」は
めでたく1ヶ月を迎えることが出来た。
自分でも、たいしたことだと思う。
しかし、油断はできない。これからも少しでもいいから
思ったことや、感じたことを、書き込んでいこうと思う。
書くことで見えなかったことが見えてくる。

 2002.0904(水) 歯科矯正と読書

6:30起床。
昨晩、帰宅してからBSにて
サッカー観戦(レアルマドリード対エスパニョール)
をしていたため、朝が辛い。
朝飯を食べ、8:20の電車に乗る。

今日は大船に歯科矯正に行く日である。
先日ブラケットを折ってしまい、どうなるかが心配であったが、
ふかわ矯正歯科の先生は意に介さない。
「今日は下の歯をワイヤーで止めていきますから」。

11:00からおよそ1時間、セメダインでアンカーを接着し、
それぞれをワイヤーで締めていく。
口をあいている状態では解らなかった感覚が、
口をすすぐ時に、大変な違和感として感じる。

昼飯を、イタリアンレストランAki's藤沢店へ出かける。
湘南MGの仲間、アキさんの経営する店である。
ライファ鵠沼のササガセタカシさんを呼び出すが、
都合がつかないと言う。アキさんは、電話に出なかった。
仕方なく一人でランチバイキングを頂く。

2月からだいたい月に一度、大船へ通っているが、
ランチはAki'sということになっていた。
ただ、今日のような一人の飯は寂しいものがある。

  「坂の上の曇(八)」 司馬遼太郎 

を読みながらのイタリアンであったが、いかんせん
上下の歯についたワイヤーがじゃまである。
歯の間には、食べ物とストレスの両方がたまってしまう。
食事に慣れるまで、数日、時間がかかるだろう。

少しのんびりして、帰途につく。
電車で2時間弱の時間は、読書にちょうど良い。
普段電車にのらないので、こうした自由な時間は貴重である。
読書は日常しない。よほどでない限り、本を読む時間を設けない。
なるべく本を読もうとはしているが、これがなかなか出来ないでいる。

修善寺について、雑務を少しやっつけているうちに
ヤマダケンジさんがやってくる。
CDをいれるソフトケースを購入してきてくれた。
だるま山キャンプ1回目のCDコピーを依頼する。
帰りがけに、タニグチテツオさんにもコピーを依頼する。

予定より少し遅い帰宅。
食事をするが、ストレスと若干の痛みを伴い、
思うように食べることができない。

その反動で、発泡酒500ccを2本空けてしまう。

またまた、いつの間にかの就寝をしてしまう。

 2002.0903(火) 懐疑的会議?

2学期2日目。
息子は学校に行きたくない、とは言わない。楽しそうで何よりである。

午前中、ヤマダケンジさんがやってきた。
10/27ホリデーインの事前打合せである。
昨日の企画委員会の様子の報告を受け、広報委員会への要請を訊く。
ちなみに僕は広報委員会に所属している。

9月に入って、日記を整理しようと思い、月ごとのページにする。
8月の日記をザーッと目を通すと、タイトルのないものがいくつかあった。
何となく気に入らなかった。
タイトルのない文章はイケナイ。と思う。
そのいくつかにタイトルをつけ、8月の日記を更新する。

夕方、だるま山高原自然塾スタッフのオチアイさんがやってくる。
CDメディアを持参。
昨日できたマスターCDの焼き増しを依頼した。
第1回目参加の、娘シノちゃん+次女と一緒であった。
「来年、こっちが参加するよ」と次女をさして、オチアイさん。
シノは「いいなぁー」 と一言。
来年シノは中学生になるために参加できないのだ。


夜、駅前まちづくりワークショップに出かける。
年内に10回ほどの打合せをする。
TMOの立ち上げの可能性もあるという。

はたしてこれらの議論は、今後に反映されるのだろうか?
NPO、まちづくり委員会、駅前ワークショップ、だるま山高原自然塾、、
地元のまちづくり活動に、いといろと足をつっこんでいるが、
自分の描く理想に近づいていけるのか?
いつも不安と懐疑が交錯する。

こんな思いを抱きながら、22:00からはバーミヤンにて
12月に行われるナイトバザールの打合せ、である。

珍しく会議のはしごをして、遅い時間に帰宅。

 2002.0902(月) CD−ROMの憂鬱

2学期が始まる。
息子の起床に合わせての、朝のグウタラも終わる。
久しぶりに朝食を体がほしがる。

さすがに9月になると、朝に油断ができない。
下手をすると風をひく。
外に出ると、夏前に植えた朝顔は、まだ元気に咲いている

数日前からのアルバムの編集も大詰めとなった。
CDの容量の具合で、アルバムを小分けにしなければならない。
ビデオの重さには改めて頭が痛い。
ビデオを刻み込むわけにはいかず、その分画像を小出しにしていく。

1枚650MBのCDも、フォーマットをし、コピーをしていくと、
650MBが610MBの空きになっている。
650のつもりでの作業が、最初からリストラクチャリングしなければならない。
今日こそはすんなりと完成させるつもりであったが、
昨日と同じく、空しく時間だけが過ぎていく。

だるま山高原自然塾のメーリングリストに、
CD−ROMのすすみ具合をメールし、
CDをコピー可能なメンバーを募る。
2回のキャンプで、200枚強のコピーが必要なのである。

9/13(日)のキャンプ慰労会+カツオさんを偲ぶ会には、
すべての作業が完了していなければならない。
CD−ROMとアンケートの発送、プログラムの反省、
決算業務、次年度に向けての計画等々。

出来れば、参加者からの声も届いていてほしい。
それをつまみにおいしい酒を飲むのだ。

そうこうしていくうち、第1回目の処理が一段落した。

帰宅後、いつもに比べると早い夕食を食べ、くつろぐ。
TVでは長野県知事選の様子を伝えている。
田中康夫氏のコメントを各局がこぞって放送している様は、
少し異常だ。

既存の政治スタイルに“NO”は、大切なことだが、
もっと伝えなければならない
ことが、常日頃あるだろうと思う。
あまりにも偏りすぎるマスコミに対して、少し憤りも感じた。

天気予報は明日もまた残暑だという。
終わったはずの夏が、まだ終わらない。

 2002.0901(日) 防災の日

今日は防災の日だ。
朝から町の広報がしきりに放送している。

自慢ではないが、防災訓練には、ほとんど参加したことがない。
班長の時は出るのだが、それ以外は、非協力的な区民である。

数十年前の今日、関東大震災が起こった。
一面焼け野原となったようだが、その時に僕は存在すらしていない。

同じく数十年前のある日、狩野川台風があった。
同じく、存在をもしていない。

数年前の1月17日には阪神大震災があった。
その時には僕は、日本にいなかった。

去年の9月11日、同時多発テロがおこった。
その時僕は、テレビを見つめているだけだった。

戦争があり、震災があり、台風があり、テロがある。
天災は諦めもつくが、人災はやるせない。

せめて、天災に備える準備だけはしておいた方がいい。
そして、人災に備えるだけの英知をもっていたいと思う。

「常に備えよ」とはどこかできいた名言だ。
リスクはおこるものだ。それに対しての準備を
していければならない。
しかし、これがなかなかできない。


午前中、週間大衆の弁当特集に載るコメントをFAXする。
いつの発売なのかは分からないが、近々に記事になるはずだ。
午後からフォトアルバム製作の続きを行う。
相変わらず、時間だけが過ぎていく。

頃合いをみて、大滝ラーメンの味噌ラーメンを食す。

再びアルバム製作をシコシコと行う。
HTMLにてインデックスを作り、3日間を11アルバムに分割し、
ビデオファイルをリンクする。
しかし、ビデオファイルがうまく機能しない。
いくつかのmpgファイルとリンクさせ、別ウィンドウを開かせて
そこで再生させるのだが、思ったように動かないのだ。

ここでもストレスがたまる。

帰宅し、晩飯を食べる。一昨日の樽生の残りを空にし、
煮込みうどんを堪能する。
TSUTAYAで100円だったという「ハンニバル」を鑑賞し、
wowwowにてサッカー観戦。
行く夏を惜しみつつ、2:00に就寝。

明日から2学期が始まる。


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